中国茶の文化
世界緑茶コンテスト 静岡県の6点が最高金賞に
世界各地の緑茶の品質を競った第1回世界緑茶コンテスト(世界緑茶協会など主催)の審査結果が12日、発表された。最高位の最高金賞は20点選ばれ、県勢では茶工場「はるの逸究園」(浜松市天竜区)、茶農家栗崎貴史さん(同)、製茶問屋「サスナカ牧野商会」(静岡市葵区)など6点が輝いた。最高金賞茶は11月1-4日、静岡市駿河区のグランシップで開く「世界お茶まつり」会場に展示、オークションを繰り広げる。 (松本利幸)
出品された219点の中から最高金賞に選ばれたのは日本9点、中国11点。金賞は32点、銀賞が65点となり、入賞茶は計117点に上った。中国茶は予選を経て出品するなど全体にレベルが高く、入賞が増えた。
緑茶の保健作用が広く知られるようになり、緑茶ブームの中で初開催された今回のコンテスト。中国での国際銘茶品評会の審査経験もあり、今回の審査員を務めた小泊重洋さんは「世界のお茶生産は紅茶が7割以上で緑茶は2割余。緑茶生産国が協力して緑茶のシェアを伸ばし、コンテストも振興策として生かしたい」と話した。
ほかの日本の最高金賞受賞者は次の皆さん。(敬称略)
前島東平(岡部町)長島武久(同)山二園(沼津市)石川哲雄(愛知県豊田市)古畑園(京都府宇治田原町)木野正男(京都府南山城村)
静岡で世界緑茶コンテスト開幕
静岡市葵区の静岡茶市場で11日開幕した第1回世界緑茶コンテスト(世界緑茶協会、世界お茶まつり2007実行委員会主催)には、日本、中国、台湾など6カ国・1地域から計214点が出品された。形や味、香りなどに特徴豊かな「世界の銘茶」がそろい、緑茶の多様性をあらためて印象付けている。12日まで。 (松本利幸)
同コンテストは静岡を世界的な緑茶の流通拠点にする狙いで、日本で開く初の国際的な緑茶コンテスト。県内からも茶農家や製茶問屋が107点を出品した。審査員には中国から安徽農業大学の夏涛副学長と日本中国茶協会の王亜雷代表、韓国から韓瑞大学校の鄭仁悟(チョン・インオ)教授が招かれ、日本人審査員4人とともに品質チェックにあたった。
各出品茶は、パチンコ玉ぐらいの丸い日本茶や、平らな中国茶、釜で炒(い)った三日月形の韓国茶など、形状もさまざま。審査員の小泊重洋・茶学の会会長(掛川市)は「日本茶は蒸し製法が一般的だが、日本の出品茶には、香りを高める釜炒(い)製法の茶もあり、意気込みを感じた」と印象を話す。また夏副学長は「日本茶は緑色がきれいだ。中国茶は種類が豊富」と指摘した。
審査は味や香りなどの品質と消費者にアピールする商品性を評価し、最高金賞、金賞、銀賞などを選ぶ。
入賞茶は11月1-4日、世界お茶まつり会場となる静岡市駿河区のグランシップに展示される。
中国と日本、茶道
中国ではお茶を飲む具体的な方法、順序ならびに茶道具の決まった様式などについては、一定の規範と様式が形成しなかったので、お茶を飲む過程及び茶道具などについては、日本のようなこまごました煩わしさと精細さがない。
日本人はお茶をもって修養し、お茶をもって客をもてなし、それを華道などと並んで盛名をはせ、(伝統)芸術---茶道にまで発展させた。茶道の目的は、茶質の優劣を鑑別すること、味の濃淡を念入りに見分けることではなく、手の込んだ作法の順序と形式を通して、幽玄を追求し、和睦を強め、情操を淘汰するのが目的である。
日本の茶道には「抹茶」を用い、茶道の炉は二種類に分別される。一種類はむしろの上に置く泥の炉、別の一種類は精工した炉に長柄の木杓を用いる。
茶碗は何気ない磁器の白椀を用い、質朴、自然を第一とする。
茶を淹れるとき、まず少量の抹茶を椀の中に入れ。その後湯を加え、特製の竹刷毛(茶せん)を用い掻き混ぜ、表面に細かい泡が出た頃に、日本語の平仮名の「の」の字を書くように茶せんを引き上げる。
主人はお茶を客の前に置き、客は茶を受けた後、左の手のひらで茶碗を受け、右手で茶碗を軽く三回回し、両手で椀を捧げて茶を飲み干し、茶碗を鑑賞しながら褒め、感謝の意を述べるのである。
お茶を飲むとき
日本人は食事の時と食事の後にお茶を飲む習慣があり、彼等は湯のみを持つ姿勢を重視して、得に女性は普通は左の手の平をまっすぐ伸ばし、湯のみをのせて右手で湯のみを持つ。
日本人の女性が片手で湯のみを持つことは殆どない。
現在の中国人はお茶を飲む場合、わりと自由である。女性でも片手で湯のみを持ってお茶を飲むのは、ごく普通である。
それは西洋やイスラムの影響があるかも知れない。西洋の湯のみは殆ど取っ手が付いているコップで、日本の湯のみはほとんど取っ手が付いていない。
日本人も中国人も大変礼儀を重んじているようである。
日本人は熱いお茶、また夏には冷たいお茶を好んで飲む。
お客が来た時、熱いお茶か冷たいお茶を出してもてなす。しかし、中国人には冷たいお茶を飲む習慣はない。
お茶でお客をもてなす時、中国人は「多い」、「熱い」、「濃い」を重んずるが、日本人は「少なめ」、「ぬるめ」、「清淡」を好む。
皇帝のお茶
「茶館」は老舎先生の代表作の一つである。老舎先生は早くから中国新旧社会の変遷史を執筆したいと思っており、あれこれ考え茶館という場所を選んだ。
茶館は多彩な人物が集まるので、一つの大きな茶館は、一つの小さな社会なのである。
老舎先生執筆の「茶館」は大評判になった。俳優達はお茶を飲むのが好きになったばかりではなく、「茶館」を見て夢中になった観衆もまた、茶館へ行くことを一種の高尚な趣味と感じ、茶館の新しい客となった。
清王朝の末代皇帝愛新覚羅・溥儀氏と老社先生は共に満州族で、彼ら二人の交わりは深かったようである。
彼らはかって一緒に仕事をしたことがある。仕事が終わってから老舎は自ら溥儀を家まで送り、溥儀は老舎を引き留め、一緒に茶の味を味わいながら話を交わしてことがよくある。
あるとき、老舎は溥儀に「あなたは皇帝の時、どんなお茶を飲んでいましたか。」と尋ねてみた。溥儀は「清の宮廷の生活習慣では、夏は常に龍井茶を飲み、冬はプァール茶を多く飲んでいました。」と答えたそうである。
中国の皇帝もお茶を飲むことを好んだようである。
中国の茶館文化
昔の人がお茶を飲む時、「品」(楽しむ、味わう、聞くという意味)の一字を重視した。お茶の香りを嗅ぐのは、暑さを解消し渇きをいやし、お茶の優劣を鑑別するだけではなく、自由自在に思いをはせ、お茶を飲む情緒を堪能する意味も含んでいる。
現在中国の社会で生活する人達は仕事が繁忙で、昔の人のようにのんびりした気分をあまり持っていないようである。
しかし、茶をゆっくり味わうことは別で、人によっては多忙の中、急須に濃いお茶を淹れ、静かな所で自分で注ぎ、自分で飲む。その中に楽しみを求めているのである。
四川、江蘇、浙江、上海等で人々は「茶館」(お茶を味わい、友人とおしゃべりをする店)でお茶を飲むのが好きである。「茶館」はその土地の特色を濃く出している。過去においては四川に「茶館」が多かったようである。
「茶館」の中ではお茶を飲み、皆と世間話をする。
四川の「茶館」は、新聞や雑誌を読んでいる人はもちろんの事、ブリッジに興じる人、酒を持込み飲み出す人、等々、色々な過ごし方が見られ、皆思い思いの時間を楽しんでいる。ただ一つの条件は「一茶一座」、茶館でお金を払えば一杯のお茶と一つの座席を提供され、後はご随意ということである。
広東の人は朝に茶を飲むのを好み、朝早くから「茶館」に行く。「茶館」には各種の菓子があり、飲みながら食べられる。
近代の南京、上海では民間芸能が「茶館」に入った。「茶館」は茶を飲む場所ばかりではなく、人々の文化娯楽の場所にもなったのである。
特定の意義から言えば、茶館でのすべての行いは「茶館文化」であり、西洋の「バー文化」と比べても何らの遜色もないのである。
中国人のお茶の好み
お茶の品種を比べると、日本のお茶は中国のお茶よりも少ない。だいたいは緑茶、紅茶、麦茶などであり、中でも多いのは緑茶で、主な産地は静岡県と京都の宇治である。
緑茶はさらに3種類に分類することが出来る。品質は最も良く、価格も最も高いには「玉露」と言う。一般人が普通飲むのは「煎茶」であって玉露と比べれば差があるが、味は良い。品質的に最も差があるのは「番茶」である。
茶道のお茶に用いられるのは緑茶の一種で、色は緑で味は苦く粉末状で、「抹茶」若しくは「粉茶」と呼ぶ。
中国は土地が広大で民族もさまざまなので、お茶を飲む方法と必要なお茶の種類もまた異なるところがあり、各民族で異なったお茶を飲む習慣を形成している。
中国では一般的には、北方人は花茶、南方人は緑茶を飲むのを好む。上海、杭州等の都市の人は龍井茶と壁螺春を飲むことが多い。福建、広東一帯の人は烏龍茶を最も好む。中国辺境地の全ての各少数民族は緊圧茶を飲む。
モンゴル族が飲むお茶は一般にお茶の中に牛乳と塩を入れ、「奶茶」と呼ばれる。チベット族が飲むお茶は通常お茶の中に酥油を入れたりして「酥油茶」と呼ばれる。
お茶は少数民族の生活の中で最も重要で、一日も欠かすことの出来ない必需品である。ある少数民族の地区にはこのような歌が伝わっている。
「朝のお茶一杯は一日威風がある。昼のお茶一杯は労働が負担にならない。夜のお茶一杯は精力をつけて痛みを取り除く。雷がなっても変わらず一日必ず三杯飲む。」
中国、お茶伝説
中国には6種類のお茶、緑茶、紅茶、烏龍茶、白茶、花茶、緊圧茶がある。各種類のお茶の加工法は同一ではなく、各種のお茶ごとにまた多くの品種が含まれている。お茶の名前は習慣上、産地を持って命名することが多い。中国の銘茶はとても多く緑茶の中の竜井、碧螺春、紅茶の中の祁門紅茶、烏龍茶の中の武夷岩茶、花茶の中のジャスミン茶、白茶の中の白毫銀針、緊圧茶の中のプァール茶などは全て有名なものである。
これ以外にもさらに多くの種類があり、そのうちの「碧螺春」には人を感動させる伝説がある。
ずっと昔、太湖岸近くの西洞庭山の上に一人の娘がおり、名前は碧螺と言った。彼女は聡明で美しく、歌を歌うのが好きで、人々は彼女の歌声を聞くのを好んでいた。
しかし、ある年の春、太湖に突然一匹の凶悪残忍な悪竜が出現した。悪竜は人々に毎年一人の美しい娘を差し出す事を要求し、応じないと、船の運航を邪魔し、漁船を破壊し、岸に上がり人々の家屋を壊し食料を台無しにしてしまった。
ある日、悪竜は碧螺を自分の妻にと指名した。
西洞庭山に住んでいる青年阿祥は深く深く碧螺を愛しており、彼は悪竜と勇敢に戦ったが、重症を受けてしまい、人々と碧螺を慌てさせた。
ある日、碧螺は太湖のあたりまで薬草を捜し求めにきた。彼女は一本の小さなお茶の木を見つけた。その木にはいっぱい若芽が出ていて、碧螺は「これで薬を作ることが出来るかもしれない。もしこれで阿祥の傷を治すことが出来ればどんなに良いだろう」と思った。
碧螺は小さなお茶の木を山の頂に移植した。小さなお茶の木の若芽はとても旺盛で早く成長し、一枚一枚の若葉になった。碧螺は若葉を摘んで、水の中に入れて阿祥に飲ませた。不思議なことに、阿祥はにわかに元気と力が出てくるのを感じた。この時から碧螺は毎日数枚のお茶の葉を摘んで来て、水に入れて阿祥に飲ませた。しかし碧螺は疲労のため日一日と痩せていき、とうとう重病になり死んでしまった。
阿祥は大変悲しみ、彼と村人たちは一緒に碧螺を山の頂に埋葬し、周囲にさらに多くのお茶の木を植えた。毎年春、暖かくなって花が咲くころ、人々はお茶を摘みに来る。
美しく善良な碧螺娘を記念するために、人々はお茶に碧螺春という名をつけた。
日中のお茶に関する認識の違い
中国人は世間話も雑談も、たいしたことではないと思っているが、日本人は情報交換をする重要なルートであり、 感情交流の機会だと思っているので、常に友達喫茶店で待ち合わせをする。お昼を摂ってから何人かで一緒に「お茶を飲みに行く」。日本の会社では殆どの部課にコーヒーを用意してあるから、お金がかからなくても飲めるが、それでも社員達は相変わらず喫茶店にへ飲みに行く。
その主な理由はやはり喫茶店でみんなで同じテーブルを囲んで世間話ができるからである。仕事場ではたとえコーヒーを飲む時間になっても、それぞれの机の前で黙々とのむだけで、みんなで一緒に自由に話ができないので、情報交換も感情交流も出来ないからである。
日本人の昼食は必ずしも西洋料理とは限らないが、飲み物はコーヒーが多い。日本人がコーヒーを飲むことは、昔の日本人と今の中国人が食事の後お茶を飲むことと同じようになってきた。これは日本人がコーヒーを「お茶」と思う原因の一つだろう。
今の日本人は、友達を誘うとき「お茶えを飲む」という言葉を使わずに直接「コーヒー」を飲みに行きませんか」と言うことが多い。ここでの「コーヒー」は「お茶」と同じで「コーヒー、紅茶、ジュース、ミルクなどの飲み物」の意味である。
お茶やコーヒーを飲みに行くのは、いずれにしても目的は情報交換をしたり世間話をしたりすることにある。日本に来たばかりの中国人留学生は、日本人の言語習慣を理解することができないから、時には「喉が渇いてないから行きません」と断る。本当に喉が渇いていないかも知れないが、みんなと一緒に喫茶店へ行かないのは、だいたい経済的な考慮があると思う。喫茶店でコーヒー一杯飲んでも、軽い食事が出来るくらいのお金がかかってしまうのである。たまにならいいかもしれないが、毎日なら「やり切れないね」と悲鳴をあげる。
これは日本に来たばかりの中国人留学生の現状なのである。しかし、断ることが何回も繰り返されると、日本人に「郷に従わない」、「つき合いの悪い」中国人だと見られがちだ。常に一緒に「お茶を飲む」かどうか、常に一緒に「お酒を飲む」かどうかは、誰と誰とがつき合い情報交換しているかのシンボルになるのである。だから日本人と友達になるには、コーヒー代は結構かかるのである。
コーヒー代はたいしたお金ではないが、そのことから、その中国人の日本での生活レベルが日本人並みに上がったかどうか、日本社会に溶け込んだかどうか、情報交換の重要さを感じられるかどうかなどが分かる。
ここで補足説明しておくが、日本の飲食店では普通「お茶」は無料なのである。日本式のホテルや旅館は「お茶」代が要らないので、いくら飲んでもいいのである。レストランや喫茶店はまず冷たい水が出る。そして「何になさいますか」と聞かれるが、このような店にはお茶のサービスはない。
中国のレストランではお茶代を請求されることがある。これに対して理解出来ない日本人がいる。中国では何をしても「前(銭)向き」であるが、お茶一杯でもお金を取られることに文句を言う日本人もいる。
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