中国茶と中国茶よもやま話
中国から見た中国と日本の違い

中国よもやま話

中国の中華レストランの中国茶

 変なタイトルですが、年に2回ほど中国に仕事で行っています。(本当は仕事ではなく、プライベートな旅行で行きたいと思っていますが、「お金」のある時には「時間」が無く、「時間」のある時には「お金」が無いというパターンが、30年程続いています(余談でした)。

 日本では、和食の店で「日本茶」は普通はサービスですよね。中には急須事サービスのお店もあります。

 でも、中国ではお茶(勿論、中国茶)がメニューに載っており、値段も書いてある店が多いです。しかも、高級な店になればなるほど、その割合が高くなるようです。そして、店員(服務員)が最初に聞くのが、お茶の種類。

 私は、無難な所で「烏龍茶」を頼むことが多いのですが、時にはお勧めを聞いてみたりします。むちゃくちゃな発音ですので、だいたいは聞き返されて、身振り手振りと筆談の世界になりますが・・・。

 お茶は、基本的に有料なのですが、お酒に関しては、持込okのようです。高級料理店でも当たり前のようにバイジュウ(白酒)を数本持ち込み、盛大な乾杯が繰り返されます。

 私は、余り強くないのですが乾杯のたびに50度以上もあるバイジュウを飲み、前回の訪中時には記憶を無くしてしまっていました。でも、チャックインしたホテルのベッドで目を覚ましたので、トラブルは無かった?と思っていますが・・・・。

 バイジュウは、不思議と二日酔いになりませんが、記憶をなくす位飲んでホテルに戻った翌朝には、なぜか、鉄観音茶が用意されていることが多いので、鉄観音茶は飲みすぎに効果があるのかな?と、思っています。

中国料理の「全体食」という考え方

 肉を食べるとき注意したいことがあります。それは「全体食」ということです。

「えっ、牛や豚を丸ごと1匹食べるの?そんなこと無理よ」とおっしゃるかもしれません。もちろんそうです。何百キロもするものを一度に食べられるわけがありません。そういう意味ではないのです。肉だけではなく、内臓など他の部分もバランスよく食べるということなのです。

 中国料理には肉を使った料理が豊富にありますが、欧米のように肉食が原因で不健康になる人は少ないのです。

これは「全体食」のおかげです。砂肝やタン、ハツ、胃袋を食べることはもちろん、場合によっては血を飲んだり、皮やしっぽも食べてしまいます。「中国人は4本足のものはテーブル以外何でも食べる」というオーバーな表現がありますね。

 これはただ中国人が食いしん坊ということを現しているのではなく、この「全体食」の考えの一端を示しています。

 中国ではこういう食べ方の歴史が連綿と続いているといえます。

それに比べて日本はどうでしょう。日本で一般的に肉食が始まったのは、たかだか明治以降、百年と少しのことです。肉食の歴史は大変浅いのです。今でも町の肉屋さんに行くと、きれいに切った切り身がショーウインドーに並んでいますが、レバーなどの内臓類は隅っこに少しあるだけ。

 肉食文化がまだまだかたよっているのです。内臓は確かに独特のくさみがある部分もあります。しかし、料理法次第で、臭みを独特のおいしさに変える事が出来ます。

中国料理では、にんにくや葱、しょうがなどの香味野菜を上手に使って、素材のおいしさを引き出しています。肉食文化の歴史を持たない日本人もこんな知恵に学ぶことで「全体食」に近づくことが出来るのです。

 宗教上や健康上の信条からベジタリアン、つまり菜食主義者と名乗る人も、欧米などでは増えているようです。こういった立場から見ると、肉食は諸悪の根源に映るのかもしれませんが、肉食そのものを悪いとみなすのではなく、正しい知識をもって食べる量や食べ方をコントロールすることが大切なのです。

(2007年4月25日 読売新聞)より

やはり何事もバランスが大事ということですね。

中国の食事会2

 中国で食事会に招待された時は覚悟が必要です。

 先ず、乾杯の嵐があります。出席人数が少なければ良いのですが、人数が多いと一人づつ乾杯の催促が廻ってきます。

 一度、河南省社旗県で20数名での食事会に招待されたことがあります。

 日本人は私一人だけ、歓迎して頂けるのは嬉しいのですが、悲惨でした。20数名の中国の人達が、日本人を歓迎するために、テーブルを囲み全員で乾杯、そして個別に私の席まで来て乾杯。

 乾杯のお酒は40℃以上の白酒、日本のぐい飲み程度の容量のグラスで一気飲みです。それが20杯以上。しかも、酔って醜態を示してはいけない。平然と杯を受け楽しく振舞わなければいけない。

 そんな状態が一巡二巡と廻ってくる。上海・北京等の沿岸部では、今はそんなことは無いと思うのですが、河南省南陽市社旗県は、石を1万個投げても日本人に当たることはないと言われている、Deep Chinaです。


 酔っ払ってしまうと、だらしない日本人、礼儀を知らない日本となってしまいます。多分、私一人でボトル1本空けていたと思います。

 食事会の時は、それでも、何とか醜態を晒さないで済んだ?と思っているのですが、ホテルの部屋に戻ってからの記憶が飛んでおり、翌朝を迎えた2006年6月23日も有ったなと懐かしく?思い出します。
 

中国の食事会

 中国に行く度に、違和感を感じていることがあります。

 そう、タイトルにも書きましたが「食事会」です。

 仕事の関係での訪中が多く、殆どの場合は中国側から見れば顧客の立場で行くので、到着当日は中国企業の総経理主催の「歓迎会」があり、翌日以降も中国企業の担当者の接待を受けることになります。

 僕としては、街中の屋台みたいなところで食べて見たいと思うので希望してみるのですが、屋台は不衛生だからとの理由で、高級料理店での食事が続きます。

 しかも、食べきれない程の料理が丸い回転テーブルの上に所狭しと並び、実際に半分以上は残してしまいます。

 貧乏性の僕は、その度に顔ではにこやかにしているのですが、心な中で「勿体ない」とつぶやいている次第。

 でも、これって中国式の心からの「おもてなし」なんです。

 日本の場合、食事に招待されて料理を残すのは失礼に当たりますよね。出された料理が不味いから残すと思われないよう(本当は不味くても)多少無理してでも、残さないで食べますよね。

 中国の場合日本と全く正反対です。

 食事に招いた側は、客が完食してしまうと「料理の量が足りないで、客にひもじい思いをさせてしまった」と思い、客に対して失礼な事をしたと思うそうです。

 それで、食べきれない程の料理を円卓に並べるのが、中国式の「熱烈歓迎」の方法だそうです。

 それと分かっていても、食事の度に「勿体ない」とつぶやいている僕は・・・、やはり貧乏性なんでしょうね・・・。
 

中国とはどんな国

 正式名称は「中華人民共和国」

国土の面積は960万㎞2(日本の約26倍)で、ロシア・カナダに次ぎ世界第3位の広さを誇ります。

 東西約5000㎞、南北約5500㎞にも及ぶ広大な国土には、有名な長江や黄河などの川が流れ、西部には8000mを超えるヒマラヤ山脈がそびえ、さらには砂漠が広がる地域もあるなど、その気候や人々の暮らしも様々です。

人口は12億6千万人(世界第1位・日本の約10倍)で、実に56もの民族が共生する多民族国家です。主たる民族は人口の92%を占める漢民族ですが、残りの8%を55の少数民族で分かち合っており、これら少数民族は独自の言葉や文字、風習を守っています。

 代表的な少数民族としては、満州族、モンゴル族、チベット族などがあります。

 中国は4000年の歴史を持っており、日本との交流も、遣隋使・遣唐使などを通じて古くから盛んに行われてきました。その後、明代や清代などを経て、1949年に中華人民共和国が毛沢東率いる中国共産党を中心として建国され、現在に至っています。

 日本の国会に当たる議会は全国人民代表大会(全人代)と呼ばれており、毎年1回人民大会堂で開催されています。国会議員に相当する「代表」は、全国の省、直轄市、自治区の選挙で選出されます。

 国の代表である「国家主席」は、現在の中国共産党総書記の胡錦濤が兼任しています。

 中国の行政区画は4段階に分かれており、日本の都道府県に相当するのが、省、直轄市、自治区です。省の規模は大きく、四川省は人口1億人以上で、これは日本の人口に匹敵するものです。

 なお、1997年にイギリスより返還された香港は、中国の一部となりましたが、香港特別行政区と呼ばれており、返還後50年間は従来の資本主義制度の下で高度の自治が保証されています。

中国って、なんかスゴイですね!興味があれば先ず行ってみることをお勧めします。近いところだと2時間程のフライトです。

新林玉露

中国人女子研修生の両親が、故郷河南省新県でお茶栽培の仕事をしている。

自営ではなく勤めているので、一年の半分は北京に出稼ぎに出ているそうだ。

お茶のブランド銘は「新林玉露」手もみの緑茶で日本人の僕には大変なじみのある味で、当然素晴らしく美味しい。

彼女(研修生)は両親が自家栽培し、母親が愛情を込めて手もみした緑茶を来日時に持ってきている。

僕も、少しだけ分けてもらったが、さすがに美味しくて驚いた。もっと分けて欲しかったが、彼女にとっては故郷の思い出となるお茶なので遠慮した。

「新林玉露」は春摘み茶なので、彼女の両親は茶摘が終わった4月末頃から10月頃まで、毎年北京に出稼ぎに行く。お父さんが北京の工場で働き、お母さんはお父さんの身の回り世話をする。

中国では珍しく共稼ぎではない。そのことを彼女に聞いてみると、お父さんは身体が弱いので北京での暮しのときは、お父さんの身体の負担にならないよう気遣っており、アパートで内職をしているそうだ。

中国の人達は総じて家族想いである。

特に女の子は、両親への仕送りを最高の喜びと感じているようだ。(男子もそうかも知れないが、女子の場合しか知らないので・・・)

僕は年に2回、6月と12月に中国に行くが、その時は研修生達から言付かった荷物で両手が塞がってしまっている。

中国の車事情

2006年6月、河南省の社旗県と新県を訪問した。

地球温暖化の影響なのか、日本でもそうだが中国は5月から暑い日が多いようだ。2006年6月の中国河南省は本当に暑かった。「暑い」と言うより「熱い」と言った方が正解ではないかと思う位だ。

一日目、鄭州市を車で朝8:00出発。社旗県の途中まで高速道路が前年に開通していたので快適なドライブだ。でも、中国で車の運転はしたくない、と言うよりとても出来ないとというのが素直な感想です。

一般道路では、歩行者が動いている車の1m以内まで近づいてくる。運転手も慣れたもので歩行者が近づいても特ぬ減速もしないで、歩行者の脇を走りぬける。中国感覚で危ないと感じたら運転手は減速するよりも、クラクションを鳴らす。そのせいか、中国ではクラクションがひっきり無しに鳴っている。

高速道路でもクラクションを良く聞く。急いでいる時などは前に車が走っていると、クラクションを鳴らし数台分一気に追い越しを掛ける。中国では車は右側なので基本的に左ハンドルなので、中国の車の助手席は右側になる。中国で助手席に座ったことがあるが、恐怖の連続だった。無意識に左足が存在しないブレーキペダルを何回も何回も踏んでしまい、目的地に着いたときは左足がケイレンをおこしそうになっていた。

神戸南京町、春節

2007年2月24日、神戸南京町の春節に行ってきました。

中国人実習生の女子3名と南京町に到着したのは、11:00過ぎ。
大丸側の門から入ったのですが、観光バスが止まっており門近辺は大変な賑わいでした。

広場の方に進むと、未だ午前中だからなのか以外に空いていました。実習生達は早速「北京城」というお土産屋さんに入り中国食材を主に見ていました。一人が買おうとしていたので「買うには帰りにしなさい、荷物を持ってウロウロするのは大変ですよ」と注意する。

彼女は納得し、素直に従ってくれた。

土産物屋さんを出て広場に行くと、【神戸華僑総会民族楽器団華蕾】の演奏が始まったばかりだった。実習生達は久々の中国謡曲生演奏に聞き入っていたが、大変な人盛りだったので良く見えないため、とにかく南京町を見て歩くことにした。

広場からは西安門に向けて一方通行となっており後戻り出来なくなっており、仕方ないので西安門まで行き(実習生達は5mおき位に立ち止まり、店頭をのぞいていた)一旦西安門から出てセンター街を東安門方面に向かっていると、「舞獅隊」と遭遇する。

とにかく賑やかでうるさい位だったので、実習生達に中国ではどうか?と聞くと、中国の春節はもっと賑やかで人が多く、爆竹が鳴り響きとても興奮的だとのこと。

2008年の春節は、是非とも中国でと思った次第ですが、仕事を放って置く訳にもいかず、ため息を付いた一日でした。

16:00頃に南京町を出て帰る時は、中国食材を沢山ぶら下げていました。

河南省鄭州

河南省鄭州は今市街地移転工事の真っ最中です。

その規模が半端ではないですね・・・。

市の中心部を丸ごと、新市街地に移転するのだそうです。

2004年からの5ヵ年計画ですので、今は工事真っ最中、訪問するたびに変わっている印象です。

そして河南省は黄河の南に位置する省です。だから河南省。

鄭州市の市街地移転工事、建設計画を国際コンペで募集したそうです。採用されて今実行されている計画は、2007年東京都知事選に突如立候補した、黒川記章さんの設計です。

昨年、建設途上の鄭州新市街地を見に行きましたが、正に未来都市の様相でした。

数年前は一面綿畑だったそうですが、僕が見た時には本当に素晴らしい未来都市でした。ただ、その時は箱物(建物)だけが目だって立派でしたので、数年後(北京オリンピック後)にどのような都市になっているのか、怖いような楽しみなような気がしています。

鄭州新国際空港への関空からの直行便を待ち望んでいます。

今は、北京か上海で乗り継ぎなので、僕の自宅から鄭州のホテルまで14時間掛かってしまい、行き帰りだけで二日間何とかならないですかね。

河南省

僕の中国行きは2004年11月から始まり現在に至っている。
初めての訪中は大連、関空から2時間半のフライトだった。
空港に着き先ず最初に驚いたのは人の多さだった。そしてその雰囲気は僕が幼少のころ過ごした、大阪の下町の繁華街の様相でした。そのせいか何故か懐かしいようなノスタルジックな感じだったのを今でもハッキリ覚えている。

その後同年12月に北京経由で河南省鄭州に行き、河南省行きが始まる。

河南省はその昔中原と呼ばれ、三国史でお馴染の曹操が復興した洛陽がある。その洛陽には関林(関羽の首塚)があり、南陽には諸葛孔明の庵跡もある。

そんな河南省鄭州市に行き感じたことは、日本人に会うことが無い。大連でも北京でも多くはないが少なからず日本人がいる(空港で日本語を耳にする)。でも、北京から鄭州の飛行機の中でも鄭州空港でも、鄭州市内でも日本人に会う(通訳の人意外の日本語を耳にする)ことは無かった。

鄭州は北京空港からも上海虹橋空港からも1時間余りの距離で、中国内陸部と言える地域だ。

河南省の面積は16万平方キロメートルと日本の約半分以下の面積に、約9000万人が住んでいる。単純に人口密度だけで言えば日本の倍に近いが、河南省では随所で360度地平線が見え、居住可能面積は日本の数倍以上あると思われる。

次回より順次、河南省(特に鄭州)情報をお伝えする予定です。

新年好(シン ニィェン ハォ)

2007年の中国のお正月(春節)は西暦で2月18日です。

中国の春節は西暦では毎年一定ではなく、一番早い年は1月20日前後、一番遅いのは2月20日前後となるので、2007年の春節は遅い方の年です。

何故毎年異なるのか?中国の暦は公的には1911年から西暦を用いているが、民族に関りのある春節等の祭りは太陰暦を用いているためです。

中国の大晦日の夜は1年中で最も賑やかな夜で、家族が一堂に集まり夜を徹して旧年や新年のことを話しながら、新年を迎える。

新年を迎えると口々に「新年好」とか「新年快楽」とお互いに挨拶を交わすそうです。

中国に面白いお正月伝説がありますので、紹介しておきます。


 中国の伝説によれば、「年」という妖怪があり、毎年大晦日になると、かれはこっそりと村にやってきて、人畜を殺害していました。
人々は彼を恐れ、恨み、いろんな方法を考えて、かれを追い払おうとしましたが、すべて失敗に終わりました。

 ある年の大晦日、「年」はまたある村にやってきた。
ちょうどその時、二人の牧童が牛に鞭をふるい、どちらが大きな音が立てるかという競争をしていた。
「年」は突然、空中に「バン、バン」と響く音を聞いて、何か危険なことがあると恐れ、急いで逃げてしまいました。

後日かれは別の村に行き、ある家の門まで行って中にとびこもうとすると、突然火の塊のような真紅な服が入口に掛かっているのを見て、かれはとても怖がり、また慌てて逃げてしまったのです。

その夜、かれは別の家に行き、門の外から見ると、部屋の中に一つの赤い提灯があり、その光は眼がくらくらするほど眩しかったので、かれはまた大変怖がり、慌て逃げていったそうです。

 その後村人達は、「年」が「音」、「赤いのも」、「光」を恐れるという弱点が段々わかってきた。
 そのときから、人々は「年」を追い払う多くの方法を想いつき、毎年大晦日になると、新しい服を着、赤い提灯を門に掛け、爆竹をならす・・・・。

毎年、このようにしていく中に次第に習慣となり、今の「年」という祝日に変わったようです。

これは、民間の伝説ですが、本当は人々はまもなく一年が終わろうとしている時に魔を避け、楽しく福を招き、新しい一年に入るという美しい願いを表しているのです。

何だか面白いですね!

中国のビールの飲み方

 前回は、お湯に関する話題でしたが今回は飲み物とその他に関しての話題です。

中国の食物屋さんに行き、ビールを注文すると季節とその店のランクによって違うのだが、普通は常温のビールが出てくる。

夏場の暑い時でも、生ぬるいビールが出てくる店がある。

ホテルのレストランでは当たり前に冷えたビールが出てくるが、いわゆる居酒屋さん風の店では、特に注文しないと常温のビールが出てくることが多い。

これが、少し高級な飯店で日本人がビールを注文した時は、冷えたものか常温のものか聞いてくれる。僕は勿論、冷えたビールを注文する。

特定の場合を除いて、中国では冷たい料理とか飲み物をお客さんに提供するのは失礼に当たるとの考えがあるようです。

特にお茶の場合は冷えてしまうと、味と香りを損なうので一般家庭でも捨ててしまうそうです。宵越しのお茶は健康に良くないとも言われているようです。

僕は真冬でも、二日酔の朝の冷えたお茶が大好きなのですが、それは、中国のお茶文化には反することかも知れないと・・・。

中国の手紙

中国通の方ならタイトルを見ただけで僕が何を書きたいのか御承知されていると思います。

中国語の分からない日本人と、日本語の分からない中国人が意思疎通(交流)する時、他国にない便利なツールがあります。それは「漢字」です。でも、日中の漢字の意味が違う場合もあり、そのことでおかしな誤解が生じるときもある。

上海で日中合同の大きなパーティが開催された。参加者数が多く通訳が足りないので、各人で漢字で筆談しはじめた。

若い日本人男性が可愛い中国人女性と筆談しており、彼は彼女と友達になりたいと思い「貴女 ⇒ 私、手紙」と書いた。彼女は「貴女」と「私」の意味を理解して、「没帯(持っていない)、厠所有(トイレにある)」と書いた。そしてパーティ会場の外を指さした。

彼は「私に手紙を下さい」と言いたかったのだが、中国語の「手紙」の意味は「トイレットペーパー」だった為、彼女は彼がトイレットペーパを欲しがっていると勘違いしてしまった。

漢字での筆談は中国の人達と意思疎通するには、とても有効な方法ですが時には話がややこしくなる場合があります。僕も何度か赤面したことがありますが、それは秘密です。

中国でお茶を買う。

初めて中国に行ったときの話。

やはり美味しい中国茶はそれなりの専門店だろうと、北京の有名なお茶専門店に行った。

・・・結構高いのだ。僕としては、本場中国なら日本よりも良いお茶が安く入手できると思っていたのだが、通訳さんに案内してもらった店は、1gが安くても1元位だった。(50g単位で販売)
それに容器代と、思ったより高い買物になってしまった。

北京から河南に移動し、友人紹介の中国の方に「お茶って高いですね」と言うと、「どんなお茶を買ったか見せて下さい」と言われ北京で買ったお茶を見てもらった。

彼はしばらく考え「行きましょう」と言い、ホテルから出て歩きだした。行き先は大きなスーパーだった。

2階のお茶売り場(量り売り)に行くと、数十種類のお茶を売っていた。しかも値段は50g単位で5元位から・・・。僕が北京で買ったお茶と同等品も50gで11元だった。

それ以来、中国のいわゆる高級専門店では買物をしないよう心がけた次第。

中国の人達の名前、他

中国の人の姓名は、漢字3文字が圧倒的に多いようです。

一般的に、姓は1文字名は2文字ですが、姓に使われる漢字はおおむね決まっており、100文字から150文字くらいだと言われています。

因みに、中国(中華人民共和国)は56民族で構成されており、漢民族が80%位で後の20%は55の少数民族だそうです。

13億人と言われている中国人口、同姓同名は当然多いようです。

中国では結婚しても女性の姓は変わりません。子供が出来た場合その姓は父親の姓を付けるのが一般的ですが、何らかの事情で母親の姓を付ける場合もあるようです。

そのことで、ちょとしたトラブルも・・・。

研修生として来日している中国人の女の子が来日した恩師に、家族に届けてもらうためお金を預けた。家族の住む故郷は中国内陸部だったが、女の子の兄が上海に住んでいるので、その恩師は上海のホテルで女の子の兄にお金を渡すことにした。

恩師の帰国後、上海のホテルに訪ねてきたその兄に念のために恩師は身分証の提示を求めたが、身分証に記載された姓が女の子の姓と違っていた。

その恩師は困ってしまい・・・、結局その時はお金を渡さなかったそうです。後で確認が取れ、無事お金のやり取りは完了したようですが、中国の姓名は日本とはまた違った感覚があるようです。